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ヒットラーの野望の跡地

ベルリンの南西に位置するLichterfeldeに、Platz des 4. Juli(7月4日広場)という名前の場所があります。長さ400m、幅が70mもある大きな広場です。一面がアスファルトで埋められています。

西側を道路として使用し、駐車スペースをとってもまだ余るだだっ広い場所です。何かのついでに行くのはいいですが、わざわざ見に行くとガックリの場所です。あしからず。

これがその場所。秋に撮った写真です。
7月4日広場

とにかく間延びしていて、使い道がなさそうな感じで、なぜこんな無駄なスペースがここにあるのだろう?と疑問に思う人は多いはず。ちらほらと、ここでインラインスケートの練習やら、トラックの運転の練習やらしている人をみかけます。

この広場の名前、Platz des 4. Juli (7月4日広場)は、アメリカの独立記念日にちなんだものです。なぜアメリカ?と疑問に思うかもしれませんが、ここは東西統一前はアメリカのセクターだったのですね。

1976年まではVierter Ringという名前だったそうです。直訳すると「4番目のリング」ですが、「環状4番線」という意味です。でも、ベルリンには環状1番線どころか、2番線3番線もありません。

実はこれ、ヒットラーの時代の首都ベルリンの大規模工事計画の名残りなのです。結局、一部が作られただけで終わりました。もし環状線が作られていたら、今のSeestr.あたりの渋滞は解消されていたのかもしれませんね。

このヒットラー時代の道路計画では、東西道路南北道路環状線がありました。

東西方向は、「ブランデンブルク門を突き抜けている通り」と言えば分かりやすいでしょう。こちらの方は実際に整備され、今でも大通りとして残されています。西の方から通りと広場の名前を挙げていくと、Heerstraße,Theodor-Heuss-Platz,Kaiserdamm,Ernst-Reuter-Platz,Straße des 17. Juni,Großer Stern,Brandenburger Tor,Unter den Linden,Frankfurter Tor,Frankfurter Alleeとなります。

南北方向の道路は、Moabit地区の北から今のSüdkreuz駅あたりに抜ける計画でした。東西・南北が交差する場所には、トンネルを作る計画もありました。これは、2006年に完成したTiergartenトンネルのあたりの様です。現在では96号線が、北からFrohnau、Tiergartenトンネル、Tempelhof、Lichtenradeを通って南へ抜けて、南北線の役割を担っています。

関係無いですが、この7月4日広場のはす向かいにあるホームセンターのOBIは、ヨーロッパで一番の売り場面積らしいですよ(ギネス級とかではなく、「OBIの中で」です)。近場で欲しい物が見つからない時に、ココならあるというお店です。

関連記事:
・ なぜベルリンに鉄道跡地が多いのか?
・ 山手線とSバーン・リング

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Author: ノラ
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ドイツで見つけたモノについて書いていたブログですが、雑多な情報に変わってきました。広範囲だけれど、ときにマニアックな話も混ざります。

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